僕はスピッツが好きだ。今年になってからのことだが。

 例えば、愛のことばを今、僕は聞いている。僕は、この優しいメロディ、ことば(リリック)、草野マサムネのことば(うたいごえ)、それらすべてが好きだ。

 僕は大変に酔っている。具体的には、自分の所属している敬愛なる上司の上司以下の部下を集めた忘年会から帰ってきて家でこれを書いている。私は、直属の上司も、その上の上司も大好きだ。なのに、こんなに、苦しいのはどうしてなのか、わからない。僕は、自分のことを客観視するのが苦手で、自分の経験を大局的に見ることを他人のanalysisなしには成し遂げられないから、自分の苦しさの分析を自分一人で実施することに、幾度も失敗している。

 僕は、草野マサムネの優しくて、どこか他人事のような声が好きだ。そのリリックは自ら生んだはずのものなのに、どこか、自分のことではなくて、遠い誰かのことを(例えばアフリカの恵まれない子どもたちの飢餓について、実感なく語るような)ただ伝えるために言葉を紡ぐように歌う声が大好きで、その他人事感が好きなのですよ。現実と離れたとこにいて、こんなふうに触れ合えることもある。僕がどんなに挫けていても、どこかで新たな希望を僕とは全然違う着眼点でもって見出して、いままで踏み出すことをためらっていた一歩を踏み出す誰かがいる、その存在だけで僕はどこか救われて、僕さえためらう一歩を自ら踏み出せる契機になりさえするのですよ、なかんずく諦めていた手法さえ着手しうるのですよ。

 汚れてる野良猫にもいつしか優しくなるユニバース。黄昏にあの日二人で眺めた謎の光思い出す。僕は、そんな奇跡を信じている。こんなに打ちのめされて、こんなに体に力が入らなくて、こんなに体が熱く感じてだるくても、僕は、君という存在がどこかにいるというbeliefだけで生きていけると信じている。僕は、その信仰だけがあれば、どこにでも踏み出せる。僕は、一歩踏み出すのに、君という確かな存在だけあれば、一歩ふみだす勇気に事足りる。ただ君さえいてくれればいいのに。君とは誰。僕には配偶者がいる。確かに君という存在と配偶者を同一視しても何らの問題はないかもしれない。しかし、僕は、ともに生活を営む配偶者に、あえてそこまでの生きる意味の仮託を求めない、君ともう一度会うために歌を作ってもいい。今日も錆びた港で歌って、黄昏にあの日二人で眺めた謎の光を思い出して、待っていてさえもいい。なぜなら、僕の人生はあくまで僕のものだと、僕は信じているから(僕の配偶者は違うようだけど、あくまで、僕の人生は僕だけのものだと、僕は信じているし、その孤独に苛まれることもあれば、その割り切った孤独のために配偶者に寂しい思いをさせることもある)。

 偶然という名の運命で出合いたいヘンテコな女神。ねえ、僕は、何処に行けばよいの。僕は今、僕に与えられたことしかできないよ。僕に望まれていることとは独立に、与えられたことしかできないに、決まってるじゃんね。なんなのさ。その確かな身上の立場から述べる意見はさ。信じていいかい、泣いてもいいかい。僕は、確かに今自分にできることを手抜きなしで与えられるものに打ち返せるだけ打ち返しているつもりだよ。それすら僕の責任だと言うなら、そのように糾弾するがいい。僕は僕の正当性を主張し続けるだけだ。なのにどうして僕は大好きで大好きでたまらない上司たちに彼らを悩ませるような言葉しか吐けないんだい。僕はそれが悲しくてたまらないよ。ああ。

 何かを探して何処かへ行こうとか、そんなどうでもいい歌ではなくて、君の耳たぶに触れた感動だけを歌い続ける。ねえ、僕だけのために、そっと手を差し伸べてくれた通りすがりの、僕の大好きな人を知っているかい。僕は、そういったものに感動こそ覚えても、その主体に対して一切のリターンを返せるような行動をできずにいるのだ。いったい、僕は、与えられるものに対して、ありがとうと言葉にするとか、にこにこ笑っているとか、それ以上のことが、どうしてできるというのだい。

 僕はただただ助けられたいだけで、ただただ楽になりたいだけだとわかっているのだが、かっこつけて歩いていたとして、どうして僕のなりたい僕になれるというのだろう。らしくない自分になりたいのに。それが正しくなくても。美しすぎる君のハートを汚しても。

 ねえ、僕の突破口はどこにあるのだい。確かに僕は、ある種、今を幸せで、これ以上ない幸運に恵まれてるとすら思っているのだよ。なのに、これ以上望むなんて、僕にどうやって努力をしろというのだよ。いや、たしかにね、僕は一切の努力をしていないと一説には言えるのだよ。ただ、僕は、どこの出口を向いて、いま目の前の一歩を踏み出していいのか、迷っているにすぎない、のだろう、と、多分、思うのだよ。

 優しくなりたいな。僕は僕でしかいられない。であれば、僕が僕でいて、組織にとって、僕を取り巻く人々にとって、うれしい場所が好ましいと思われないだろうか、昨日と違う今、謎の扉初めて叩いたよ。