神様のいない街には子供がいない。
 子供は生まれた瞬間から言葉を喋り、身の回りのことを自分でできる。母親に授乳されるのも泣き叫んでその空腹を知らせるのではなく「申し訳ありませんがおっぱいをもらっても宜しいですか」と断る。夜は情事に耽る両親を思いやって静かに別室で眠る。成長は著しく三歳児の平均身長は百三十センチである。ただし周産期・乳児死亡率が高く三歳までに半分の子供が亡くなる。
 義務教育は三歳から十二歳までの九年間である。初等、中等、高等学校を三年ごとに修了する。多くのものは高等学校の卒業とともに職業を持ち、優秀でやる気のあるものだけが大学へ行く。初等教育では読み書きや四則演算および社会通例などによる「してはいけないこと」を学ぶ。中等教育でしてはいけないことの理由となる歴史や化学を修め、高等教育では街の外のことや世の中にはどのような職業があるかなどを知る。
 彼らは安定した収入を得る十五歳から十八歳の間に結婚し、二十代後半になるまで子供を産む。彼らは短命で殆どが三十代のうちに死に五十まで生きるものは滅多にいない。

 前述したように、この街には子供がいない。いるのは家事手伝い(生まれてから三歳まで)の小さな人か学校に通う生徒、そして働く人たちだけだ。この街には扶養家族という概念が存在せず主婦や家事手伝いはその家族の満足度によって給料を国から支払われるいわゆる公務員である。生徒も成績によって給料が支払われる。親は扶養義務がない代わりにその子供が少なくとも十二歳になるまで同居する義務を持つ。親が両親とも亡くなってしまった場合学校の寮に住むか未婚の兄弟と同居する。ごく稀に両親の遺産をあてにして自分の家を持つ生徒もいるが末っ子が大金を相続できることはあまりないのでやはり肉親に迷惑を掛けまいとして選択する寮住まいが一番多い。
 寮とはいえ二人部屋がパーテーションで仕切られているのでプライバシーは守られる上家賃もさほど掛からないため家とあまり変わらない。外見はティーンエイジャーの生まれてから十年も経っていない生徒たちが学校から帰ってきて自分で洗濯をしたり掃除をしたりしている光景はその町の住民でなければすこし異常に思われる。

 神様のいない街には愛がない。
 楽しいとか悲しいとかいう感情はあるけれど愛はない。「この人はユーモアがあって面白い。一緒にいて楽しい」「この人は話していてつまらない。きっと頭がよくないからだろう」など快不快の感情で論理的に相手を判断する。恋をしないためお見合いで結婚するものが多い。小さい頃から論理性を求められるこの街の人は理由の付かないことを恐れる。突き詰めていけば何だって理由の分からないことへ行き着くのだけどそれに触れるのは下世話なこととされる。
 愛のようなものなら散見される。冬の日に防寒具を持たないで外出してしまった恋人にそっとマフラーを巻く彼女や余命の短い妻のために毎晩病院に泊まる夫の姿がそうである。しかしそれは単なる思いやりや利己心から来るもので愛とプロセスが似通っているから誤解してしまう。前者なら単純に良くしておけばもっと大切にしてくれるだろうとか後者なら思い入れの強い人がいなくなると寂しいから今の内だけでも一緒にいたい何かしてやりたいとか思うためにこのような行動が起こる。一見幸福そうに見えるこの街は矛盾で構築された冷ややかな街である。

 私がこの街を訪れることになったのは国立大学で知り合ったとあるこの街出身の男性と懇意になったのがきっかけだった。彼は私と同い年ながら私がまだ大学一年生のときからとある研究室に配属されていて(高校が十二で終わるのだから無理もない)入学当初から自分の研究したいものがはっきりしていた私はとある研究室に通っていた。それが彼と一緒だった。
 何度か顔を見せるうちに食事に誘われた。私は将来的にあなたと同じラボで研究したいのでこれからもよろしくお願いします というと彼は苦笑いをした。早く院に来ないと自分は死んでしまうという。家系的に長生きはできないから共同で研究してほかの人に継いでもらいたいなどと夢のないことを話す彼に私は反抗心と興味を持った。何度か食事を重ねるうちに「僕の街を見てみるかい」と彼は言った。年に似合わない諦念の強い彼が育った土地はどのような場所なのかということに私は好奇心を大いに揺さぶられた。曰くあまり遠くはない場所で、丸一日かかるかもしれないと腹を決めていたのだが調べてみると確かに到着には半日で足りるほどだったので安心した。新幹線と鈍行とを乗り継いだ先にあったのが彼の街――神様のいない街だった。

 彼に街を案内される過程で図らずも私は彼の母親に挨拶することとなった。「行き遅れでね」一瞥して私が女性だと分かると彼女はすぐそういった。「十八にもなって浮いた話のひとつもない。大学にやって失敗だったかしら」私はへらへらと笑った。四十にはとても見えない若い母親だなと思った。
 十八で結婚って早いのではと彼に言うとここでは十五で結婚が普通だと教えてくれた。この街には老人がいないだろうと彼が言う。そのとおりだと肯定すると、だから僕達はみな早死にで早く子孫を残さなくてはいけないから早く結婚するんだ となぜだか悲しそうだった。

 その日の夕食は街のシンボルであるライトアップされた時計台が美しく見える少し洒落た洋食屋だった。
 私はオムライス、彼はビーフシチューを頼んだ。濃厚な卵の味に舌鼓を打っていると彼は神妙な面持ちで口を開き「もう察しはついているだろうけど僕と結婚を前提に付き合ってくれないか」と言った。好きとか愛してるとかいう言葉はないのだなと思った。

つづく